大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)709号 判決 1976年1月27日
大阪市生野区鶴橋三丁目一四番三号
原告
平井良昌
右訴訟代理人弁護士
山田一夫
同
細見茂
同
金谷康夫
同
川西渥子
同
西元信夫
大阪市生野区勝山北五丁目二二番一四号
被告
生野税務署長
橋本房利
大阪市東区大手前之町一
被告
大阪国税局長
徳田博美
東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地
被告
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右被告ら訴訟代理人弁護士
川村俊雄
右被告ら指定代理人
河原和郎
同
秋本靖
同
筒井英夫
同
河本省三
被告署長、同局長指定代理人
今福三郎
同
山中忠男
被告国指定代理人
福島三郎
主文
一、被告生野税務署長が昭和四一年五月三一日付でした、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を金九〇九、〇三六円とする更正処分のうち、金八一七、一六五円を超える部分を取消す。
二、原告の被告生野税務署長に対するその余の請求ならびに被告大阪国税局長および被告国に対する請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告生野税務署長の、その余を原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告生野税務署長が原告に対し昭和四一年五月三一日付でした、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を金一、〇八〇、四〇〇円とする更正処分のうち、金四八七、五〇〇円を超える部分を取消す。
2 被告大阪国税局長が原告に対し昭和四三年四月一六日付でした原告の審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。
3 被告国は原告に対し金五万円およびこれに対する昭和四三年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 第3項につき仮執行宜言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宜言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は書籍小売販売業を営むものであるが、昭和四〇年分所得税につき、被告署長に対し白色申告により総所得金額を金四八七、五〇〇円とする確定申告をしたところ、被告署長は昭和四一年五月三一日付で右総所得金額を金一、〇八〇、四〇〇円とする更正処分をした。原告はこれを不服として被告署長に異議申立をしたが棄却されたので、同年一〇月一二日被告局長に審査請求をしたところ、同被告は同四三年四月一六日付でこれを棄却する旨の裁決をした。
2 しかしながら、被告署長の本件更正処分には次のような違法があるから、確定申告額を超える部分について取消を求める。
(一) 原告の同年度における総所得金額は確定申告のとおりであるから、本件更正処分は原告の所得を過大に認定した違法がある。
(二) 本件更正処分の通知書には理由の記載を欠く違法がある。
(三) 本件更正処分は、原告の生活と営業を不当に妨害するような方法による調査に基づくものであり、正当な調査手続を履践せず、かつ原告が民主商工会員である故をもって他の納税者と差別し、民主商工会の弱体化を企図してなされたものである。
3 被告局長の本件裁決には次のような違法があるから、その取消を求める。
本件裁決は、原告の要求にかかわらず、原処分庁に弁明書の提出を求めず、さらに原告が原処分の理由となった事実を証する書類の閲覧を請求したのを実質的に拒否したうえなされたものであって、行政不服審査法二二条、三三条に規定する手続を履践しなかった違法がある。
4 被告国は次の理由により、原告に対して損害賠償をなすべき義務がある。
被告局長は、原告の本件審査請求に対し速かに裁決をすべきであり、またそれができたのに故意にこれを遅延させ、一年六カ月も放置して原告の速やかに行政球済を受ける権利を違法に侵害した。またこの間被告署長は違法な本件更正処分に基づき原告の電話を差押えて長期間にわたりその利用を困難ならしめた。原告はこれらにより有形無形の損害を蒙ったが、これは被告国の公権力の行使にあたる被告局長、同署長の違法な職務執行により生じたものであり、これを慰籍する金額としては金五万円をもって相当とする。よって、原告は国家賠償法一条に基づき、被告国に対し金五万円とこれに対する被告局長、同署長の右不法行為の日以後である昭和四三年七月一六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
二 請求原因第1項の事実のうち、被告署長が原告の異議申立を棄却したとの事実は否認する。被告署長は右異議申立に対し、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を金九〇九、〇三六円と減額する旨の決定をしている。同項のその余の事実は認める。同第2項の事実は否認し、その主張は争う。同第3項の事実のうち、被告局長が原処分庁に弁明書の提出を求めをかったことは認めるがその余の事実は否認し、その主張は争う。被告局長は原告に対し、同年分所得税の更正処分および加算税の賦課決定決議書、同年分所得税の異議申立決定決議書の閲覧を許可している。同第4項の事実は否認し、その主張は争う。
三 被告の主張
1 原告はその事実に関する帳簿書類を備えつけておらず、売上ならびに期首、期末の棚卸高についてもメモ等の原始記録を全く保存していなかったうえ、原告の申告にかかる昭和四〇年分所得税の総所得金額金四八七、五〇〇円の計算過程も明らかでなかった。そこで、被告署長は取引先および同業者の調査結果等に基づき原告の申立などを検討した結果、原告の申告額は蓄しく過少であることが判明したので本件更正処分をしたのである。
2 原告の昭和四〇年分総所得金額は別表一A欄のとおり金一、〇九二、五七七円であるから、この範囲内でなされた本件更正処分(被告署長の異議決定により一部取消された後のもの)に違法はない。
3 なお別表一の各科目の算出根拠は以下のとおりである。
(一) 収入金額 金九、一七五、〇一〇円
収入金額は(二)で主張する売上原価(金七、六一五、二五九円)に同業者の売上原価率(ただし売上原価に仕入諸掛を含めた場合のもの)〇・八三を適用して次のように算出した。
七、六一五、二五九÷〇・八三=九、一七五、〇一〇円
(二) 売上原価 金七、六一五、二五九円
売上原価は左記A式のように算出されるものであるところ、原告は昭和四〇年度の期首および期末の商品棚卸をしていないと認められるので、期首棚卸高と期末棚卸高を同額と推定し、当期の商品仕入高(金七、四一三、九八三円)に仕入に附随する費用(仕入諸掛)である引取運賃(金二〇一、二七六円)を加えた金七、六一五、二五九円をもって売上原価とした(B式)。
(A) 当期売上原価=期首商品棚卸高+当期純仕入高-期末商品棚卸高
(B) 七、四一三、九八三円+二〇一、二七六円=七、六一五、二五九円
(三) 必要経費 金三五四、六七四円
必要経費の明細は別表二A欄のとおりであり、そのうち争いのある科目についての明細ないし算出根拠は次のとおりである。
(1) 公租公課 金 一六、四八六円
(イ) 事業税 金 一一、九〇〇円
(ロ) 固定資産税 金 四、五八六
右固定資産税は、原告が生野区鶴橋北之町二丁目一三三ノ二番地に所有する建物についての公租であるところ、右建物のうち事業の用に供されているのはその延面積の約三分の一(九坪)であるから、必要経費に算入される金額は支払総額金一三、七六〇円の三分の一である金四、五八六円となる。
(2) 荷造運賃 金一六、二五〇円
右は荷造包装費であり、原告が主張する引取運賃金二〇一、一七〇円は売上原価に算入すべきものであるからこれに含まれない。
(3) 水道光熱費 金三一、六四九円
(イ) 灯油代 金九、六〇〇円
(ロ) 電灯料 金二二、〇四九円
原告の昭和四〇年中における電灯料は、金四四、〇九八円であるところ、その二分の一は家事使用分と認められたのでこれを控除した。
(4) 旅費通信費 金九、二五八円
原告の同年中における電話料は金一八、五一六円であるところ、その二分の一が家事使用分と認められたので、これを控除した。
(5) 接待交際費 〇円
原告の申立額は金一二、二〇〇円であるが、これについてはその支出の根拠が明らかでなく、また原告の営業に関してはその必要性も認められないので、必要経費から除外した。
(6) 雑費 金一二、〇〇〇円
原告は同年中に雑費として一月金一、〇〇〇円、一年分金一二、〇〇〇円の出費があったと推定される。原告の申立額金五一、一二〇円については、その支出の根拠が明らかでないうえ、その支出の事実も認められない。
(7) 万引損 〇円
原告申立額金四八、〇〇〇円については、その計上額の算出根拠が明らかでないので認められない。仮に万引損があったとしても、被告の売上原価の算出方法が、前記のように期首棚卸高に当期純仕入高を加え、期末棚卸高を控除するという方法であることから、右万引分の商品原価は、売上がないにもかかわらず売上原価の中に当然に算入される(期末棚卸時に万引分の商品は存在しないから)ことになり、従って所得金額の計算上(収入金額-売上原価-必要経費等総所得金額)右万引分の原価すなわち万引損は自動的に収入金額から控除されることになるから、別途は万引損を必要経費として認めることは不合理となる(二重に控除することになる)のである。
(8) 組合費金一四、四〇〇円
右は原告が加入している大阪府書籍販売組合の同年分の組合費であり、これ以外の分は認められない。
(9) 雇人費 金一二二、〇〇〇円
(イ) 今村幸一 金三九、〇〇〇円
(ロ) 池内ツユ子 金八三、〇〇〇円
原告が右池内ツユ子に対し同年中に支払った給料は合計金一六六、〇〇〇円であるが、同人は家事手伝兼店番として従事していたものであるから、右のうち二分の一を家事手伝分として控除した。
四 被告署長の主張に対する原告の答弁
1 被告署長が主張する原告の昭和四〇年分総所得金額ならびにその明細に対する原告の認否ないし主張額は、別表一、二の各B欄のとおりである。
2 被告署長が主張する売上原価率は争う。売上原価に仕入諸掛を含めない場合の売上原価率は〇・八三が相当であるけれども、仕入諸掛を含めた場合の売上原価率は更に高率となるべきものである。
また、売上原価に仕入諸掛が含まれるとの主張は争う。すなわち、一般会計原則上は仕入諸掛が売上原価に含まれるとしても、原告のような書籍小売販売業にあっては、次に述べる特殊事情から売上原価率算出の基礎となる売上原価に仕入諸掛は含まれないのである。
(一) 書籍小売販売業における仕入諸掛としての引取運賃には地域差があり、昭和四〇年当時マージン率は全国同一であったのに対し、引取運賃については、東京都内はなく、他の地域は仕入金額に対し三・三パーセントの小売店負担があったのであり、従って、このような事情の差があることから、書籍小売販売業一般の売上原価率を算出するための基礎となる売上原価の中に右引取運賃を含ませるのは妥当でない。
(二) さらに書籍小売販売業界において、引取運賃を大部分の地域で小売店負担としていることの不合理性が過去数年にわたり主張され、これを是正する運動が推し進められてきた結果、現在では右小売店負担が殆んどなくなっているのである。このことからみても、引取運賃を売上原価に含めるのは妥当でないというべきである。
3 万引損についての被告署長主張は争う。書籍小売販売業にあっては万引損が出ることは明らかであり、原告の営業においても同年中月平均金四、〇〇〇円、一年にして金四八、〇〇〇円の万引損があったのである。また、被告署長は右万引損があったとしても、所得金額の計算上自動的に損失として計上されることになると主張するが、同被告が原告の期首棚卸高を否認して期首棚卸高と期末棚卸高を同額と推定している以上、実質上棚卸がなかったと同じになり、売上原価の計算式(期首棚卸高+当期純仕入高=期末棚卸高 売上原価)上当然に万引損が把握され、ひいては損失として計上されることにならないのは明らかであるから、別途に必要経費として万引損を計上すべきである。
理由
一 請求原因第1項の事実は、被告署長に対する原告の異議申立が棄却されたとの事実を除き当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被告署長は原告の右異議申立に対し、原告の昭和四〇年分総所得金額を金九〇九、〇三六円とする原更正処分一部取消決定をしたことが認められる。従って、原告の被告署長に対する本訴請求は、右一部取消された後の金額について、更正処分の取消を求めているものと解される(以下本件更正処分とはこの趣旨で用いる)。
二、被告署長に対する本件更正処分取消請求について
1 まず原告は、本件更正処分が原告の所得を過大に認定してなされているから違法である旨主張するので、この点につき判断する。
(一) 収入金額および売上原価について
(1) 証人笠松泰の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四〇年中の営業につき帳簿書類等を備えつけておらず、売上ならびに期首棚卸高についてもメモ等の原始記録を保存していないことが認められるから、その収入金額を実額で把握することができず、推計によってこれを算出するほかはない。
(2) 被告署長は、右収入金額推計の方法として、原告の昭和四〇年分売上原価(仕入諸掛を含めたもの)に書籍小売販売同業者の売上原価率(ただし売上原価に仕入諸掛を含めた場合のもの)〇・八三を適用して収入金額を算出しているものであるところ、原告は右推計方法につき、売上原価に仕入諸掛が含まれるとする点、および売上原価率の数値の点を争うので、以下この二点について順次判断する。
まず、一般に売上原価に仕入諸掛が含まれるかどうか、また書籍小売販売業界においてこれを含めて売上原価、売上原価率等を考えているのかどうかという点について検討するに、いずれも成立に争いのない甲第二号証、乙第四ないし第六号証、原本の存在につき争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証、および証人笠松泰、同真鍋数男の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合し、かつ所得税法施行令(昭和四〇年三月三一日政令第九六号)一〇三条一項一号の規定をも考慮すると、一般会計原則上および税法上、売上原価は次式のように算出されるものであること、
売上原価=期首商品棚卸高+当期純仕入高-期末商品棚卸高
当期純仕入高=当期総仕入高-当期返品高+当期仕入諸掛
従って、売上原価には仕入諸掛が含まれるものとされていることおよびこれは書籍小売販売業界でも同様であって、一般に売上原価率は売上高に対する仕入諸掛を含めた売上原価の割合として算出されているものであることが認められる。もっとも、前掲乙第四ないし第六号証および証人真鍋数男の証言によれば、昭和四〇年当時書籍小売販売業における仕入諸掛としての引取運賃には地域差があり、東京都内は零であったのに他の地域は仕入金額に対し三・三パーセントの小売店負担があったこと、その後これが是正されて現在では地域にかかわらず引取運賃の負担が零となったことが認められるが、右の事情はいまだ前記の認定を左右するものではなく、かえって前掲乙第六号証および証人真鍋数男の証言によれば、右の地域格差に対応して、東京都内とそれ以外の地域の売上原価率(あるいは差益率)に差が生じていることが認められ、このこと自体、地域格差の一つの原因たる東京都以外の地方の小売店の引取運賃負担が売上原価率に反映していること、すなわち引取運賃が売上原価に含まれていることを示すものと解されるのである。
次に、売上原価に仕入諸掛(引取運賃)が含まれることを前提とした上で、その売上原価率の数値をいかに評価すべきかという点について検討する。被告署長は右原価率が〇・八三であると主張するところ、前掲甲第二号証(健全経営基準表 昭和四二年一月)では、原告の売上高に近いとみられる月売上高五〇万円および一〇〇万円の個人営業の書籍小売店における売上総利益(売上高から売上原価を控除したもの)の対売上比はいずれも一七・五パーセント(従って売上原価率は八二・五パーセント)となっていること、また成立に争いのない甲第三号証(昭和四一年一二月印刷、同四二年一月発行の書店経営No.1所載の「最近の診断指標のまとめ」と題する記事)中の経営診断実績一覧表では、年商一、〇〇〇万円以下の市街地における一個人営業小売書店の売上高対総利益率が一七・一パーセント(従って売上原価率は八二・九パーセント)となっていること、前掲乙第三号証(中小企業庁編昭和四一年版中小企業の経営指標 昭和四〇年度調査)では、総資本額三〇〇万円から六、〇〇〇万円未満の書籍小売業者七例および総資本額三〇〇万円から、六、〇〇〇万円未満の同業者合計一五例の平均した売上高対総利益率がいずれも一八・四パーセント(従って売上原価率は八一・六パーセント)となっていることがそれぞれ認められ、これらは一応被告署長主張の数値に近いものであるということができる。そして、証人笠松泰の証言によると、同人は大阪国税局協議団の協議官として、原告の昭和四〇年分の所得税の審査請求を担当し、その際大阪国税局で作成した所得標準率表に基づき売上原価率を〇・八三として収入金額を推計したことが認められる。しかしながら、他方、証人和泉節夫の証言により真正に成立したと認められる甲第七号証の一、いずれも成立に争いのない甲第七号証の二ないし六、証人和泉節夫の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は前記のように引取運賃を売上原価に含めない場合の売上原価率〇・八三が自己の営業実績からみて相当なものと考えていたこと、原告は同四一年からは青色申告をするようになったが、以後も引取運賃を売上原価に含めずに申告をしていたこと、そして、右青色申告による昭和四一年から同四五年までの売上原価率を、引取運賃を売上原価に算入した場合としない場合につき算出すると別表三のとおりとなること、同表によると、引取運賃を算入しない場合の売上原価率は右五カ年の平均で〇・八五四となり、算入した場合のそれは〇・八六六となり、また各年度において算入しない場合の売上原価率は、算入した場合と比較して〇・〇一から〇・〇二程度低いものであること、昭和四〇年度とそれ以後とで原告の営業に格別の変化はなかったこと等の事実を認めることができる。そして、右の事実に照らすと、原告の昭和四〇年分の収入を推計するに当って適用すべき売上原価率としては、被告主張の〇・八三という数値は、原告の同年分の営業の実態に必ずしもそぐわないものというべきである。そして、前記認定事実および成立に争いのない甲第六号証(日本出版物小売業組合全国連合会編全国小売書店実態調査報告書 一九六六年九月実施)によれば、全国小売書店の実態調査において売上に対する差益率が一割から一割六分と答えた小売書店が半数以上を占めている事実、さらに大阪府の小売書店の差益率が一五パーセント程度である旨の証人真鍋数男の証言などを総合すると、結局原告に適用すべき売上原価率の数値は〇・八五とするのが相当であると認められる。
(3) そこで、次に原告の売上原価について検討するに、成立に争いのない乙第二号証、証人和泉節夫の証言により真正に成立したと認められる甲第四号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五号証の一ないし四、証人笠松泰の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証および証人笠松泰、同和泉節夫の各証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四〇年度の期末において大雑把ではあるが一応の棚卸を行なったが、同年度の期首には棚卸を行っていなかったこと、従って甲第四号証に記載のある期首棚卸高については、原告から損益計算書の作成を依頼された和泉節夫が、買掛金の残高と棚卸高が比例すると想定したうえ、期首における買掛金残高と期末におけるそれとの割合をもとに、期末棚卸高から推計したものであること、原告の同年中の仕入高は金一〇、六三九、六三二円、返品高は金三、二二五、六四九円、仕入諸掛としての引取運賃は金二〇一、二七六円であることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。すると、原告の同年度の期首棚卸高についてはこれを実額で把握することができないものというべきであり、また前記和泉節夫の推計方法もその根拠が不明確であって到底合理性があるものとは認め難い。従って、期首棚卸高は期末棚卸高と同額であったと推定するほかはないものというべきである。ところで前記(2)で述べたように、売上原価は次のA式によって算出されるから、原告の同年分の売上原価はB式のように金七、六一五、二五九円となる。
A 売上原価=期首棚卸高+当期総仕入高-当期総返品高+当期仕入諸掛(引取運賃)-期末棚卸高
(総仕入高) (総返品高) (引取運賃)
B 売上原価 一〇、六三九、六三二円-三、二二五、六四九円+二〇一、二七六円
=七、六一五、二五九円
(4) 次に、原告の収入金額について検討すると、売上原価は右(3)のとおりであるから、これに前記売上原価率〇・八五を適用すると次のとおり収入金額は金八、九五九、一二八円となる。
(売上原価) (売上原価率)
七、六一五、二五九円÷〇・八五=八、九五九、一二八円
(二) 必要経費について
必要経費中別表二のイ、ロ、ハ、ニ、ヘ、ヲ、ワ、カ、ヨを除く科目については当事者間に争いがない。
そこで、以下争いのある科目につき検討する。
(1) 公租公課
事業税金一一、九〇〇円および固定資産税の支払総額金一三、七六〇円については原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。また、証人和泉節夫の証言および弁論の全趣旨によれば右固定資産税は原告の店舗兼居宅に対して課せられたものであること、店舗の広さは右建物延面積の約三分の一であることが認められるから、原告の営業のための必要経費としては右固定資産税支払総額のうち三分の一である金四、五八六円であると認めるのが相当である。そして、右の割合は前掲乙第二号証(原告が被告署長に提出した月別損益計算書)中の減価償却費欄で建物の減価償却費を算出するに際して原告が採用している数値と一致することからも裏付けられるものであり、証人和泉節夫の証言および原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、また右乙第二号証中の租税公課欄の記載部分もその内容が明らかでないから措信できない。よって、公租公課の額は被告主張のとおり金一六、四八六円となる。
(2) 荷造運賃
被告署長が主張する荷造運賃金一六、二五〇円はすべて荷造包装費であり、右金額については原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。原告は右のほかに引取運賃がこの科目に含まれると主張するが、前記認定のとおり、引取運賃は仕入諸掛として売上原価の中に含まれるべきものであるから、必要経費としては認められない。従って、荷造運賃は右金一六、二五〇円のみである。
(3) 水道光熱費
このうち灯油代金九、六〇〇円および電灯料の支払総額金四四、〇九八円については原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。そして弁論の全趣旨および先に認定した店舗の広さ等を考慮すると電灯料の二分の一が事業の用に供されたものと認められるから、右金四四、〇九八円の二分の一である金二二、〇四九円が必要経費に算入されることになり、水道光熱費は合計金三一、六四九円となる。
(4) 旅費通信費(電話料金)
原告の昭和四〇年中の電話料が金一八、五一六円であることは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされるところ、弁論の全趣旨によれば右支払総額の二分の一が事業の用に供されたものと認められるから、金一八、五一六円の二分の一である金九、二五八円をもって旅費通信費と認めることができる。
(5) 接待交際費
前掲乙第二号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第八号証の一、証人和泉節夫の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は同年中に得意先の改築祝や香料として金三、〇〇〇円の、また顧客や得意先へ配るためのカレンダーおよび暦の費用として合計金九、二〇〇円の各支出をした事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。従って右合計金一二、二〇〇円は接待交際費として原告の営業の必要経費に算入されるべきものと認められる。
(6) 雑費
雑費について、証人和泉節夫および原告本人は、広告掲載のためおよび書籍広告を営業の参考にするため二、三の新聞の購読を必要とし、この代金として一か月金一、二六〇円、一年分金一五、一二〇円の支出と、その他の一般雑費用として一か月平均金三、〇〇〇円、一年分金三六、〇〇〇円の支出があった旨供述する。しかし、新聞代についてはその全部が純粋に営業用のために購読されていたものとは認め難く、家人の一般教養のためという側面のあることも否定しえないから、必要経費としては新聞購読料の支払総額金一五、一二〇円の二分の一である金七、五六〇円をもって相当額と認める。また一般雑費用については、右供述のほかには一か月平均金三、〇〇〇円の支出があったと認めるに足る証拠はなく、本件に現れた証拠ならびに原告の営業の諸事情を勘案すると、一般雑費用としては一か月平均金一、〇〇〇円、一年分として金一二、〇〇〇円程度であったと推定するのが相当である。従って、雑費の総額は合計金一九、五六〇円となる。
(7) 万引損
原告は、一か月平均金四、〇〇〇円程度の万引損が出るから、一年分の合計金四八、〇〇〇円はこれを必要経費に算入されるべき旨主張する。他方被告署長は、仮に万引損が出たとしても、これは売上原価の計算の中に当然包含されて収入金額から控除されるから、これとは別に必要経費として控除するのは不合理である旨主張する。そこでこの点につき判断するに、一般に書籍小売販売業において万引による損害が発生するのは公知の事実であるが、本件のような所得計算の方法をとった場合には売上原価は前述の如く「期首棚卸高+当期純仕入高-期末棚卸高」として把握されるものであるから、万引により一部商品が喪失した場合、その分は期末において存在しないことから期末棚卸高に計上されないことになり、現実には売上がないにもかかわらずそのまま売上と対応すべき売上原価の中に包含されることになり、従って、一般の場合には総所得金額の計算上(収入金額-売上原価-必要経費等=総所得金額)収入金額から売上原価に万引分も含めて控除されることになるから、万引分を必要経費として更に改めて控除することは万引分を二重に控除することになり、不合理であることが明らかである。ところで本件の場合は、前述の如く、期首棚卸額を期末棚卸額と同額であると推定し、かつまた、売上原価から売上原価率によって収入金額を推計したのであるから右の一般論がそのまま妥当するか一応疑問の余地がないではない。しかしながら、当裁判所は期末における「実地」棚卸高が期首棚卸高と同額であると推定したものであるから、万引によって喪失した商品の原価が右の期末棚卸高に計上されていないことは一般の場合と同様であって、結局さきに認定した売上原価の中には、売上に対応する売上原価と万引された商品の原価の双方が含まれていることになるのである。また、収入金額の推計についても、売上原価率自身が一般的に、万引分の商品の原価を含めた売上原価の売上金額に対する割合を示すものであるから、これを本件に適用して収入金額を算出したことに何らの不合理もない。従って、本件の場合も右一般論がそのまま妥当することになり、本件のような所得計算方法をとる以上、万引損は改めて必要経費として控除すべきものではない。
(8) 組合費
原告が同年中に大阪府書籍販売組合に組合費として金一四、四〇〇円を支払った事実は原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。そして、前掲乙第二号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八号証の三、証人和泉節夫の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は同年中に原告の加入している生野民主商工会の会費金六、五七〇円を支払った事実が認められ、右は営業上の必要経費と認められるから、これを加算すると組合費は合計金二〇、九七〇円となる。
(9) 雇人費
原告が同年中に今村幸一に対し金三九、〇〇〇円の、池内ツユ子に対し金一六六、〇〇〇円の各賃金を支払った事実は原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなされるところ、被告署長は右池内ツユ子に対する支払分の二分の一は家事手伝としての賃金であるから事業の必要経費として認められない旨主張する。ところで証人和泉節夫の証言および原告本人尋問の結果によれば、右池内は店員として、おおむね原告の営業に従事していたのであり、時には原告の家事を手伝うこともあったが、それは店の暇なとき、あるいは特に頼まれたときぐらいであったことが認められる。そして、右の事実を考慮すると、同人に対する賃金のうちその七割は営業のための賃金と認めるのが相当である。すると、池内ツユ子分は金一一六、二〇〇円となり、雇人費は今村幸一分金三九、〇〇〇円とあわせて金一五五、二〇〇円となる。
(三) 専従者控除
専従者控除の金一一二、五〇〇円は原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。
(四) 以上の認定額を整理すると、別表一、二の各C欄のとおりとなり、総所得金額は金八一七、一六五円となるから、本件更正処分は右金額を超える部分につき、原告の所得を過大に認定した違法がある。
2 次に原告の手続的違法の主張について判断する。
原告は請求原因2、(二)において本件更正通知書に理由の記載を欠く違法があると主張する。しかし、原告が白色申告者であることは当事者間に争いがなく、白色申告者に対しては更正の理由付記は法律上要求されていないから、本件更正通知書に理由の記載がないことは何ら違法事由とはならない。
請求原因2、(三)の調査方法の違法および他事考慮の主張については、これを認めるに足りる証拠がない。
したがって、手続的違法の主張はいずれも採用できない。
三 被告局長に対する本件裁決取消請求について
被告局長が原処分庁たる被告署長に対し弁明書の提出を求めなかったことは、当事者間に争いがない。しかし、審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかった本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文理上明らかであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかったことが、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用であると認むべき何らの事由もない。
また、弁論の全趣旨によれば、被告局長は、原告から処分の理由となった事実を証する書類の閲覧請求があったのに対し、昭和四〇年分所得税の更正処分および加算税の賦課決定決議書、同年分所得税の異議申立決定決議書の閲覧を許可したことが認められるが、本件では、これ以外の書類が、原処分庁から被告局長に提出されていたことを認めるべき資料もなく、被告局長において、原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させる義務もない。
したがって、本件裁決には何らの違法がない。
四 被告国に対する国家賠償請求について
原告が、昭和四一年一〇月一二日、審査請求をしたのに対し、被告局長が昭和四三年四月一六日、本件裁決をしたことは当事者間に争いがない。この事実によれば、審査請求から裁決までの期間は約一年六か月であるが、同被告が、同種事案を大量的に処理しなければならないことを考慮すると、この程度の期間の経過をもって、直ちに原告の速やかに行政救済を受ける権利が侵害されたとはいい難い。また被告署長により原告の電話が差押えられたとの事実はこれを認めるに足る証拠がない。
よって、原告の右請求は理由がないというほかはない。
五 以上説示したところによれば、原告の被告署長に対する請求は、総所得金額金八一七、一六五円を超える部分の取消を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分ならびに被告局長および被告国に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村正策 裁判官 辻中栄世 裁判官 山崎恒)
別表一
<省略>
別表二 必要経費の明細
<省略>
別表三
<省略>